lara サマンサ タバサの電撃契約が世間を賑わせてから、アートとファッションの境目は大きく塗り替えられた。12歳という異例の若さで大手アパレル企業のメインラインを背負うことになった一人の少女。その自由奔放で圧倒的な色彩感覚は、瞬く間に日本のストリートファッションや大人たちの感性を揺さぶった。
当時、ファッション誌やニュース番組で大々的に取り上げられたlara サマンサ タバサのタッグは、単なる一時的な話題作りの枠を遥かに超えていた。幼少期から多言語に囲まれ、世界中を旅しながら培われた規格外の感性。それが商業主義の型にはまりがちだった当時のアパレルシーンに、鮮烈な風を吹き込んだのは紛れもない事実である。
12歳での電撃契約!サマンサタバサ最年少デザイナー抜擢の裏側
日本を代表するバッグ&ジュエリーブランドを展開する株式会社サマンサタバサジャパンリミテッド。同社がデザイナーとして最年少となる12歳のLara(ララ)とプロ契約を結んだというニュースは、まさに業界内を揺るがすビッグニュースだった。若き才能の発掘に定評のあった同社にとっても、小中学生の年齢で年間契約を結ぶのは前代未聞の試みだったからだ。
なぜこれほどまでに異例の抜擢が行われたのか。理由は至ってシンプルだ。彼女が描くスケッチブックの一コマ一コマに、プロのクリエイターすら舌を巻く圧倒的なストーリー性と独自の色彩美が宿っていたからに他ならない。枠にとらわれないライン描画、パリやハワイの空気感をそのまま閉じ込めたような色遣い。経営陣が一目でその才能に惚れ込み、即座にオファーを出したという裏話は、今でも語り草になっている。
母・吉林和子の感性と「LARA'S FANTASTICAL WORLD」の誕生
Laraの異彩を放つ感性は、決して偶然の産物ではない。彼女の母親は、ファッション業界でスタイリストやディレクターとして第一線で活躍してきた吉林和子氏である。幼い頃から一流の服飾やアート、そして世界各国の異文化に触れ合える環境があったこと。これが彼女の表現力を力強く後押しした。
その豊かな才能がひとつの形として結実したのが、自身の著書であり作品集でもある『LARA'S FANTASTICAL WORLD』だ。彼女の頭の中に広がる架空の女の子たちの日常や、カラフルな動物たちの物語が描かれたこの作品は、子供だけでなく大人の女性たちの心をも掴んだ。日常の何気ない風景を独自の解釈で幻想的な世界へと昇華させる技法は、この頃すでに完成されつつあったと言える。