「同郷の噂」から12年――大谷翔平と久慈暁子が選んだ、それぞれの“世界基準の幸せ”
大谷 翔平 久慈 暁子――かつて岩手県奥州市が生んだ同い年のスターとして、地元メディアやファンの間で幾度となくその関係が噂された二人だ。同じ1994年生まれ、実家も近く、成人式を控えた時期の地元対談をきっかけに「将来のビッグカップル誕生か」と世間が勝手に色めき立ったのも、今や懐かしい歴史の一ページである。
メジャーリーグの歴史を塗り替え続ける怪物と、フジテレビの人気アナウンサーからNBAプレーヤーの妻へと転身した才媛。今や世界を舞台に活躍する大谷 翔平 久慈 暁子のストーリーは、交わることのなかった平行線だからこそ、それぞれの選択の潔さと美しさが際立っている。
2014年の対談から始まった「市長公認」の噂
すべての発端は、2014年まで遡る。
当時、日本ハムファイターズで二刀流の頭角を現し始めていた大谷と、モデルとして活動しつつ大学在学中だった久慈。地元の広報誌や企画で実現したツーショットは、あまりにお似合いだった。
当時の奥州市長が「市長公認ということで、結婚して市民になって」と冗談交じりにコメントしたことで、噂は一気に全国区へ。メディアは「同郷の美男美女」という極上のシナリオを求め、事あるごとに二人を関連付けた。しかし、当時の二人はそれぞれの夢の入り口に立ったばかり。恋の噂は、周囲が作り上げた無邪気なファンタジーに過ぎなかった。
渡邊雄太との電撃婚で久慈暁子が手にした「もう一つのNBAライフ」
久慈が選んだのは、大谷ではなく、もう一人の日本人規格外アスリートだった。
2026年、フジテレビを退社した直後に発表された、NBAプレーヤー・渡邊雄太との結婚。この電撃的なニュースは、世間を大いに驚かせた。女子アナとプロ野球選手という王道の組み合わせではなく、世界最高峰のバスケットボールリーグで泥臭く生き残りをかけて戦う男を選んだのだ。
現在、渡邊の日本球界復帰に伴い、生活の拠点を日本に移しつつも、彼女がSNSで発信するライフスタイルは常にグローバルだ。英語でのコミュニケーション、海外でのタフな生活を支えた経験は、彼女を単なる「元アナウンサー」から「アスリートを支えるパートナー」としての確固たる地位へと押し上げた。