北 茨城 市は、太平洋の荒波が削り出した壮大な断崖と、深緑の山々に包まれた茨城県最北端の隠れ家的な港町だ。岡倉天心や横山大観ら近代日本画の巨匠たちが美の理想郷と仰いだ五浦(いづら)海岸を抱え、古くから文化と自然が密接に溶け合ってきた。2026年現在、消費的な観光を脱し、本物の静寂と深い食体験を求める都市部の旅人たちが、続々とこの地へ足を運んでいる。
都心から常磐線特急で2時間足らずという絶妙な距離感でありながら、固有の生態系とローカル文化が色濃く残る北 茨城 市のポテンシャルは計り知れない。太平洋に面した活気あふれる漁港から水揚げされる新鮮な海の幸、そして山深くに佇む古刹や渓谷。週末のショートトリップはもちろん、移住や二拠点生活の場としても新たな注目を集めるこの街の、今の表情を追った。
五浦海岸と六角堂:太平洋の怒涛と岡倉天心が遺した美学
太平洋の荒波が打ち寄せる五浦海岸。その切り立った岩肌の頂に、鮮やかな朱色の姿を覗かせるのが「六角堂」だ。明治の思想家・岡倉天心が自らの思索と瞑想の場として建てたこの建築は、東洋の美意識と自然への敬畏が見事に凝縮されている。
2026年の今も、波しぶきが舞い散る崖上に立つと、天心がかつて抱いた情熱の残響が聞こえてくるようだ。隣接する茨城県天心記念五浦美術館では、近代日本画の名作とともに、地域の風土がクリエイターに与えてきたインスピレーションの歴史を深く追体験できる。波音だけが響く夕暮れ時、ここからの眺望は訪れる者の語彙を奪うほど幻想的だ。
「水を使わない」本物のどぶ汁:冬から春を彩る極上あんこう料理
北茨城を語るうえで食、とりわけ「あんこう」の存在を外すことはできない。大津港や平潟港で水揚げされるキアンコウは、冬の味覚の王様として全国にその名を知られている。
地元で愛され続ける伝統料理「どぶ汁」は、水や出汁を一切使わず、あんこう自身の水分と生肝、味噌だけで煮詰める極上の鍋だ。濃厚な肝の旨味とコラーゲンたっぷりの身が口の中で解け合う瞬間、旅の醍醐味はピークに達する。最近では年間を通じて旬の地魚を活かしたコンテンポラリーな和食レストランも増えており、美食家たちのリピート率を押し上げている。