ぶんぶん はち が とぶは、誰もが一度は口ずさんだ経験を持つ国民的ナンバーだ。春の陽気とともに保育現場や家庭内から聞こえてくるこの軽快なメロディは、日本の原風景に深く溶け込んでいる。だが、この素朴で愛らしい旋律の背景に、ヨーロッパ諸国の激動と日本の近代文学史が交錯するドラマが存在することを知る人は決して多くない。
時代が昭和から平成、そして令和へと移り変わるなかで、ぶんぶん はち が とぶが放つ独特の親しみやすさは衰えるどころか、新たなデジタル世代の心さえも掴み続けている。単なる子供向けの歌という枠組みを飛び越え、なぜこの曲がこれほどまでに長い年月を経て歌い継がれるのか。その秘密を探ると、19世紀の中央ヨーロッパと昭和の言葉の詩人が仕掛けた巧みな工夫が浮かび上がってくる。
チェコの野山から日本の空へ:原曲ボヘミア民謡の意外なルーツ
春風に乗って舞う虫の姿を描いたこの旋律は、もともと日本で生まれたものではない。その原点を探ると、現在のチェコ共和国を中心とした地域に伝わるボヘミア民謡へとたどり着く。素朴な農村地帯で人々の口から口へと歌い継がれていた美しい旋律が、やがて国境を超えてドイツへと渡った。
19世紀ドイツの詩人ホフマン・フォン・ファラースレーベンは、この民謡のメロディに『Summ, summ, summ!』(ぶんぶんぶん)という児童詩をつけた。ナショナルリズムが揺れ動く時代のなかで、彼が子供たちのために詠んだ自然への賛歌は瞬く間に広がり、ヨーロッパ全域で愛唱されることとなったのだ。国境や言語の壁を軽々と越えていく音楽の力強さが、ここにはすでに表れている。
詩人・村野四郎が仕掛けた日本語の魔法と「ぶんぶんぶん」の秘密
この洋楽旋律を日本語の美しい童謡へと昇華させた立役者こそ、昭和を代表する詩人・村野四郎である。彼の手によって紡がれた訳詞は、原曲のニュアンスを巧みに取り入れつつも、日本語特有の韻律と直感的な擬音語が見事に融合している。
特に印象的なのは、タイトルにもある「ぶんぶんぶん」というオノマトペの繰り返しだ。原曲のドイツ語版でも「Summ, summ, summ!」というハチの羽音が使われているが、村野四郎はこれを濁音の響きを活かした日本語へと見事に翻訳した。羽音を模したリズムが子どもの聴覚を刺激し、一度聴いたら忘れられない強い記憶として刻まれる。この聴覚的工夫こそ、何世代にもわたって歌い継がれてきた最大の理由と言えるだろう。