渋谷の路地裏から消えた「青と赤」の衝撃――令和の闇バイトへ至るストリート史の真実
カラー ギャング と は、1990年代後半から2000年代前半にかけて日本の都市部、特に東京の池袋や渋谷などで猛威を振るった、特定の「色」をシンボルに掲げる不良少年グループの総称である。アメリカのストリートギャング(クリップスやブラッズなど)の文化に強く影響を受け、青や赤、黄色といったバンダナやTシャツを身にまとい、縄張り(テリトリー)を主張し合う姿は、当時の社会問題としてメディアを連日騒がせた。
かつての狂乱から四半世紀が経過した現在、若者たちの犯罪形態は劇的な変化を遂げているが、改めてカラー ギャング と は一体何だったのか、そして彼らのDNAがどのように現代の「半グレ」や「闇バイト」へと引き継がれてしまったのかを検証する動きが広がっている。単なる若者の暴走と片付けるには、あまりにも根深い社会の歪みがそこには隠されているからだ。
90年代ストリートを席巻した「色」の系譜
バブル崩壊後の閉塞感が漂う日本に、それは突如として現れた。アメリカのヒップホップカルチャーやスケートボードカルチャーの流入に伴い、若者たちは独自のコミュニティを形成し始める。その極端な形が、特定のカラーを身にまとう集団だった。
青を掲げるグループ、赤を掲げるグループ。彼らは単にファッションを模倣しただけではない。渋谷のセンター街や池袋の公園を「自らのシマ」と呼び、他色を排除することで自己のアイデンティティを証明しようとした。夜の街を原色の集団が練り歩く光景は、大人たちに強烈な恐怖を植え付けた。
『池袋ウエストゲートパーク』が描いた虚像と実像
このムーブメントを決定的に神格化、あるいは大衆化させたのが、石田衣良の小説であり、のちに宮藤官九郎脚本でドラマ化された『池袋ウエストゲートパーク(IWGP)』だ。作中に登場する「G-Boys」や「Black Angels」の抗争は、当時のティーンエージャーたちに計り知れない影響を与えた。
しかし、ドラマの華やかなヒロイズムとは裏腹に、現実のストリートは陰惨極まりないものだった。凄惨なリンチ、恐喝、薬物の蔓延。フィクションに憧れて軽い気持ちで足を踏み入れた少年たちが、取り返しのつかない犯罪の泥沼に引きずり込まれていくケースが後を絶たなかったのだ。