村上信五が「ひな」と呼ばれる理由とは?雛形あきこ似の真相と現在

村上信五が「ひな」と呼ばれる理由とは?雛形あきこ似の真相と現在

日本テレビ系『月曜から夜ふかし』を筆頭に、数々の情報番組や大型特番で名司会ぶりを発揮するSUPER EIGHTの村上信五。卓越したトーク回しと歯に衣着せぬツッコミで幅広い世代から絶大な支持を集めていますが、長年のファンや気鋭の共演者、そしてグループの盟友たちから、彼は今も変わらず「ヒナ(ひな)」という独特の愛称で呼ばれています。

本名である「信五」の漢字や響きからは一見すると結びつかないこの愛称に対し、ライトな視聴者や近年ファンになった層からは「なぜ男性アイドルがヒナと呼ばれているのか」「鳥の雛が由来なのか」といった疑問の声が絶えません。関西ジュニア時代から30年近く愛され続けるこの奇跡の呼び名には、平成カルチャーの熱気とある大物女性タレントの存在、そして過酷な下積みを共にした仲間たちとの確固たる絆が隠されています。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:愛称「ヒナ」の発端は関西ジュニア入所直後、事務所の先輩らから「目元がタレントの雛形あきこにそっくりだ」と言われたことに由来する。
  • 要点2:名付け親は当時の関西Jr.の先輩陣であり、横山裕を筆頭とする同期・メンバーが番組や現場で使い続けたことで全国的な愛称として定着した。
  • 要点3:グループ名が関ジャニ∞からSUPER EIGHTへと進化した現在も、「ヒナ」という愛称は鋭いMC像を中和する親しみやすさの象徴として輝きを放っている。

【核心の真相】村上信五が「ひな」と呼ばれる由来|雛形あきこ似と言われたJr.時代の秘話

村上信五が「ヒナ」と呼ばれるようになった決定的な契機は、1996年に関西ジャニーズJr.の門を叩いたオーディション直後のレッスン現場にまで遡ります。当時、中学3年生だった村上信五少年の顔立ちを見た事務所の先輩や振付師、スタッフ陣が口を揃えて発した言葉こそが、「お前、雛形あきこに似てるな!」という驚きの指摘でした。

当時、雛形あきこは『めちゃ×2イケてるッ!』などの国民的大人気バラエティやグラビアで旋風を巻き起こしていたトップタレントでした。意志の強さを感じさせるキリッとした平行二重のパッチリとした目元、澄んだ瞳、そして愛嬌のある目鼻立ちのバランスが、あどけなさの残る少年の日の村上の顔立ちと驚くほど重なっていたのです。

関西特有のノリとテンポ感の中で、「雛形に似てるから、今日からお前のあだ名はヒナな」と短縮されたのがすべての始まりでした。当初は本人も「なぜ女の子の名前で呼ばれなければならないのか」と戸惑った瞬間があったと当時の雑誌インタビュー等で回顧していますが、瞬く間に事務所内で定着し、名刺代わりのパーソナルネームへと昇華していきました。

なお、このエピソードは単なる裏話にとどまりません。後に村上がMCとして不動の地位を築いた『月曜から夜ふかし』や特番において、雛形あきこ本人と共演を果たした際にも直接言及されています。雛形側も自身の名前が由来である事実を旧知の仲として認知しており、テレビ画面越しに公認の事実として語られるなど、四半世紀を超えて芸能界の語り草となっています。

名付け親は誰なのか?語り継がれるエピソードとネットの言説を検証

「ヒナ」の名付け親については、ファンの間や長年のネットコミュニティにおいていくつかの諸説が語り継がれてきました。なかでも最も有力とされるのが、当時の関西Jr.を黎明期から牽引していた先輩メンバーたち(牧野紘二ら初期関西Jr.勢)による命名です。

関西ジュニアの黎明期、大阪・松竹座やレッスン場に集まっていたタマゴたちの中で、東京のトップJr.に対抗すべく強烈な個性を求められていた少年たちにとって、一瞬で顔とキャラクターを覚えられるキャッチーなニックネームは最大の武器でした。ある日、スタジオに入ってきた村上の顔を見た先輩が「雛形や!雛形がおる!」といじり始めた現場の熱量が、そのまま正式な愛称として固定化される要因となりました。

また、一部のネット言説では「滝沢秀明が名付け親ではないか」という噂が散見されますが、これは事実と微妙に異なります。1998年にスタートし一大ブームを巻き起こしたテレビ朝日系伝説の番組『8時だJ』において、東西ジュニアが合流した際、すでに名付けられていた「ヒナ」というあだ名を滝沢や渋谷すばる、横山裕らが番組内で連呼したことで、全国の視聴者やお茶の間に一気に知れ渡ったというのが真相です。

山田 真由
Penulis

山田 真由

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。