福井県勝山市の山裾に忽然と姿を現す巨大な寺院建築群、大師山清大寺(だいしざんせいだいじ)。通称「越前大仏」として知られるこの寺院は、奈良の大仏を凌ぐ巨大座像や、日本一の高さを誇る五重塔を擁しながら、一時は経営破綻や公売危機といった波乱の歴史を歩んできました。
「なぜ個人の手で380億円もの巨費が投じられたのか」「一度はゴーストタウンと化した境内が、なぜ今SNSやインバウンドで熱狂的な支持を集めているのか」。昭和のタクシー王が遺した壮大なる夢の軌跡と、2026年現在の最新状況を徹底取材に基づき紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】- 要点1:相互タクシー創業者・多田清氏が私財約380億円を投じ、故郷への恩返しとして1987年に建立した破格の寺院。
- 要点2:バブル崩壊と高額な拝観料設定による経営難、固定資産税滞納での公売危機を乗り越え、現在は拝観料500円で一般公開中。
- 要点3:壁一面に並ぶ1,281体の小仏群や高さ75mの五重塔が「異世界のような圧巻の絶景」として再評価され、国内外から観光客が急増している。
【建立の真相】なぜ380億円も?相互タクシー創業者・多田清氏の執念と歴史
大師山清大寺の歴史を語る上で欠かせないのが、大手タクシー会社「相互タクシー」の創業者である実業家・多田清(ただ・きよし)氏(1905〜1991)の存在です。勝山市片瀬の農家に生まれた多田氏は、若くして単身大阪へ渡り、1台の中古車からタクシー事業を興して一代で業界トップクラスの企業グループを築き上げました。
立志伝中の人物となった多田氏が晩年に抱いた悲願、それこそが「故郷・勝山への報恩感謝」と「過疎化が進む郷土の永続的な観光振興」でした。氏の自著や当時の関係者の証言によると、多田氏は生前、「事業で得た財産は社会へ還元すべきもの。故郷に世界に誇れる名所を遺し、末永く人々に参拝してもらいたい」という強い信念を語っていたと記録されています。
1987年(昭和62年)5月、およそ3年の歳月と総工費約380億円に及ぶ私財を投じ、約22万平方メートルもの広大な敷地に大師山清大寺が開眼・落慶しました。中国・洛陽の龍門奉先寺にある石窟本尊を模した越前大仏をはじめ、鉄骨鉄筋コンクリート造の壮大な大仏殿、南大門、日本庭園、門前町が一気に整備されたのです。
【規模の衝撃】奈良の大仏を超える?座像日本一の越前大仏と75m五重塔の見どころ
大師山清大寺の境内足を踏み入れると、その規格外のスケールに圧倒されます。本尊である「越前大仏(毘盧遮那如来)」は、像高が17.0メートルに達し、奈良・東大寺の大仏(14.98メートル)や鎌倉の大仏(11.3メートル)を上回る、屋内座像として日本一の巨大さを誇ります。
大仏殿の内部に入ると、大仏の左右を固める脇侍仏(菩薩像・羅漢像)や、壁一面の格子状に整然と配置された1,281体もの小仏群が黄金色の輝きを放ちます。さらに境内奥にそびえる高さ75mの五重塔は、京都・東寺の五重塔(約55m)を20mも凌駕する高さ。内部にはエレベーターが設置されており、最上階の展望室からは勝山市街地や白山連峰の大パノラマを一望できます。