フジテレビと嵐の絆と現在地!Vs嵐の歴史から復活の真相まで徹底解説

フジテレビと嵐の絆と現在地!Vs嵐の歴史から復活の真相まで徹底解説

2026年末の活動休止以降も、日本のエンターテインメント界において別格の存在感を放ち続ける国民的グループ・嵐。2026年春の「株式会社嵐」設立を経て、個々の活動が円熟味を増す中でも、グループとしての動向には常に世間の熱い視線が注がれています。

嵐の歩みを語る上で決して切り離せないのが、デビュー初期から彼らの魅力を引き出し、共に時代を築き上げてきたフジテレビとの深い絆です。土曜の昼枠から木曜夜7時の看板枠へと昇りつめた『VS嵐』をはじめ、名作ドラマや『FNS歌謡祭』での歴史的パフォーマンスなど、両者が生み出した熱狂は数知れません。ファンの間で関心が高まる「グループ復活」の噂の真相や、フジテレビとの特別な関係性に迫ります。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:深夜枠の『まごまご嵐』から国民的番組『VS嵐』に至るまで、フジテレビは嵐のバラエティ力を育て上げた最大の功労メディアである。
  • 要点2:活動休止後も相葉雅紀が木曜枠を守り続け、ドラマや大型音楽特番を通じて5人との盤石な信頼関係が維持されている。
  • 要点3:「株式会社嵐」の発足と25周年イヤーを経て、グループ再集結の舞台としてフジテレビの特別番組が最有力視される背景には確固たる歴史的必然性がある。

【歴史と変遷】『まごまご嵐』から『VS嵐』へ|フジテレビと嵐が築いた「木7枠」の伝説

フジテレビと嵐のタッグは、グループの黎明期である2000年代初頭にまで遡ります。2002年の『なまあらし LIVESTORMING』や『嵐の技ありッ!』を経て、2005年にスタートした『まごまご嵐』は、メンバーが一般の高齢者宅で「一日孫」として過ごすハートフルなロケ番組として熱狂的な支持を集めました。ここで培われた飾らない素顔と高い共感力が、嵐の国民的人気の土台となったことは間違いありません。

その後、2008年4月に土曜昼枠で産声を上げたのが『VS嵐』です。スタジオに組まれた巨大なアトラクションセットでゲストチームと体を張って対決するゲームバラエティは、老若男女を巻き込むキラーコンテンツへと急成長。2009年10月にはフジテレビの看板枠である「木曜夜7時(木7)」へとゴールデン進出を果たしました。

「クリフクライム」や「キッキングスナイパー」、そして心理戦が繰り広げられた特番恒例の「BABA嵐(ババ抜き最弱王決定戦)」など、番組発の名物企画は数知れません。約12年間にわたり木曜夜のお茶の間を彩り続けた同番組は、フジテレビにおける嵐の歴代冠番組の頂点として、テレビ史にその名を刻んでいます。

『VS嵐』から『VS魂』へ託されたバトン|相葉雅紀のフジテレビレギュラーと後輩への継承

2026年12月、嵐の活動休止に伴い『VS嵐』は惜しまれつつも幕を下ろしました。しかし、フジテレビが築き上げたエンタメの火が消えることはありませんでした。翌2026年1月からは、相葉雅紀をキャプテンに据えた後継番組『VS魂』(のちに『VS魂グラデーション』)がスタートします。

相葉雅紀は風間俊介やSTARTO ENTERTAINMENT(旧ジャニーズ)の後輩陣を温かく牽引し、嵐が守り抜いた木曜7時枠のDNAを次世代へと繋ぎました。その後、枠の改編を経てスタートした『木7◎×部』、そして現在の『相葉◎×部』に至るまで、相葉雅紀のフジテレビレギュラー出演は途切れることなく続いています。

困難な過渡期においても看板を背負い続けた相葉の奮闘と、それを全力で支え続けたフジテレビ制作陣の姿勢は、グループ活動が休止している期間にあっても両者のパイプが一切揺らいでいないことを雄弁に物語っています。

松本 悠斗
Penulis

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。