菊池 風 磨 高校時代、彼はまさにふたつの全く異なる世界を全速力で駆け抜けていた。2011年秋にSexy Zoneのメンバーとして華々しくCDデビューを果たした当時、彼が籍を置いていたのは、首都圏屈指の超難関校として知られる慶應義塾高等学校。テレビのスポットライトを浴びる一方で、単位の取得が極めて厳しい「日吉の学舎」で、彼は一体どのような3年間を過ごしていたのだろうか。
当時の同級生や関係者の証言を辿ると、メディアで見せる華やかな姿とは裏腹に、泥臭くノートに向かい続けた一人の高校生のリアルな葛藤が見えてくる。過酷なアイドル活動と容赦ない学業の挟み撃ちに合いながらも、菊池 風 磨 高校生活を最後までやり遂げた経験こそが、現在のバラエティ番組で見せる圧倒的な即興力や、timeleszの頭脳としてグループを先導する卓越した知性の土台となっている。
1. 偏差値70超の男子校「日吉の学舎」が生んだ独自の空気感
神奈川県横浜市港北区。緑豊かなキャンパスに位置する慶應義塾高等学校は、全国からトップクラスの学力を誇る男子生徒が集まる伝統校だ。自由と自己責任を旨とする校風だが、その内実は一切の妥協が許されない厳格な実力主義の世界である。
この場所において、菊池が「芸能人」として特別扱いされることは一度もなかった。周囲にいるのは、数学オリンピックの難問に頭を悩ませる者や、スポーツに青春を捧げる者たち。アイドルとして多忙を極めていた菊池に対しても、同級生たちは容赦のないイジりや軽妙な冗談をぶつけた。浮ついた自尊心を打ち砕くこの男臭い日常が、彼の地に足のついた感覚を育む最高の環境となった。
2. 「赤点即留年」のプレッシャーと過酷なレッスン
慶應高校の単位認定と進級査定は極めて厳しい。どんなに才能豊かな生徒であっても、学業成績が基準に達しなければ平然と留年が決まる。芸能活動を行っているからという理由で優遇措置が取られることは皆無だ。
高校1年時のデビュー以降、菊池のスケジュールは過密を極めた。連日のダンスレッスン、番組収録、舞台出演。深夜に疲労困憊で帰宅した後、睡魔と戦いながら教科書を開く。試験前になれば友人に必死でノートを借り、移動中の電車内で暗記カードを繰る毎日だった。「アイドルだから勉強ができないとは言われたくない」という強い誇りが、彼を限界の先へと突き動かしていた。