市 田 柿は、長野県南部の伊那谷で古くから育まれてきた伝統の味覚だ。晩秋から初冬にかけて天竜川から湧き立つ深い川霧と、アルプスからの冷たく乾燥した風。この厳しい自然条件が揃うことで、他にはない唯一無二の味わいが形成される。
一口頬張ると、もっちりとした歯ごたえと共に濃密な甘みが口いっぱいに広がる。今や全国の銘菓ファンを魅了してやまない最高級市 田 柿だが、その誕生の陰には長い歴史と職人たちのあくなきこだわりが存在する。
なぜ「市田柿」はこれほど珍重されるのか?本場・信州伊那谷の伝統製法と甘みを高める秘密の工程
そのままでは誰も食べられないほど強い渋みを持つ柿が、なぜこれほどまでに甘く上品な味へと生まれ変わるのか。その答えは、約1ヶ月にも及ぶ妥協なき伝統製法にある。
収穫された柿は手作業で一皮ずつ丁寧に剥かれ、じっくりと天日乾燥される。乾燥の過程で重要なのが「手もみ(手揉み)」と呼ばれる繊細な工程だ。果肉にまんべんなく揉みを加えることで水分調整が行われ、内部のシブオール(タンニン)が水溶性から不溶性に変化し、渋みが消えて羊羹のような「もっちり感」へと変化していく。
さらに、この伝統工程によって果肉の糖度が凝縮され、ブドウ糖や果糖による上質な甘みが引き出される。極上の逸品を選ぶ際は、全体が均一に柔らかく、表面を覆う白い粉が綺麗に吹いているものを見極めるのがコツだ。固すぎず、手に触れたときにしっとりとした弾力を感じるものが最高品質の証である。
風土が生んだ名品の歴史:市田庄五郎の功績と地域農業の進化
歴史を遡ると、この柿の起源は江戸時代にまで行き着く。長野県飯田市高森町付近で栽培されていた「焼柿」と呼ばれる小ぶりの渋柿がその原点とされる。
大正時代、地元の指導者であった市田庄五郎らが中心となり、この地域特有の柿を本格的な特産品へと育て上げる試みが始まった。苗木の普及や品質改善に尽力した彼の功績により、かつての自給自足的な産品は、地域経済を支える一大ブランドへと進化を果たす。
以来、信州伊那谷の農業は大きく発展した。単なる一次産業にとどまらず、高品質な加工と厳格な品質管理を融合させた地域特有のビジネスモデルが構築されたのだ。