渋谷のネオン街で静かに紡がれる食の歴史——2026年、伝統食の未来を握る「くじら や」の現在地と若者たちのリアル

渋谷のネオン街で静かに紡がれる食の歴史——2026年、伝統食の未来を握る「くじら や」の現在地と若者たちのリアル

くじら や、その看板を目にしたとき、多くの昭和世代は渋谷・道玄坂の喧騒と香ばしい赤身の竜田揚げを思い浮かべるだろう。終戦直後の1950年、食糧難の時代に庶民の貴重なタンパク源として産声を上げたこの名店は、単なる老舗料理店にとどまらない。国際的な捕鯨論争、商業捕鯨の再開、そして食の多様化という激動の波を幾度となく乗り越え、2026年の今もなお、日本の鯨食文化を象徴する聖地として異彩を放ち続けている。都市の開発が進み、街の風景が目まぐるしく移り変わるなかで、なぜこの場所だけが時代を超えて人々を引きつけるのか。

金曜日の夜、暖簾をくぐると、店内には若者たちの楽しげな笑い声が響いていた。かつてはシニア層の「郷愁の味」と評されることが多かったが、SNSでの口コミやZ世代による昭和レトロブームが追い風となり、現在のくじら やにはZ世代や海外からの観光客が連日押し寄せている。赤身の刺身、ハリハリ鍋、ジューシーな竜田揚げ。かつての「学校給食の定番」という文脈を知らない若い世代にとって、鯨肉は「新しく、ヘルシーで、環境負荷の低いサステナブルなプレミアムフード」として映っているのだ。

1950年創業、道玄坂の歴史とともに歩んだ伝統の軌跡

戦後復興のエネルギーが渦巻く渋谷の地に、産声を上げたのが始まりだった。当時の日本において、鯨肉は安価で栄養価の高い国民的な食材であり、人々の命をつなぐ命の糧でもあった。安らぎの場を提供し続けた店舗は、高度経済成長期の熱気も、バブルの喧騒も、すべてその店内で見守ってきた。

カウンターの木目には、何万人もの客が傾けた盃の跡が刻まれている。時代が移り変わり、渋谷が若者の流行の発信地へと変貌を遂げても、提供される料理の根底にある「素材へのこだわり」は一切ぶれていない。一時期は原料の調達すら危ぶまれる厳しい環境に直面したものの、暖簾を守り抜いた店主たちの執念が、この唯一無二の空間を現在へとつないだ。

給食の記憶から「高タンパク・低カロリー」のトレンド食材へ

昭和世代にとって、鯨肉といえば学校給食で食べた少し硬い竜田揚げの記憶と切っても切れない。しかし、2026年の今、その評価は大きく塗り替えられつつある。鯨肉に含まれる抗疲労成分「バレニン」への注目が集まり、疲労回復や抗酸化作用に優れたスーパーフードとして再評価されているのだ。

フィットネスに関心の高い層や、日常の健康管理に気を使うビジネスパーソンが、日常的な選択肢として鯨料理を選ぶケースが増えた。脂肪分が極めて少なく、高タンパク。しかも鉄分が豊富という栄養学的な強みは、かつてのイメージを一新した。単なる「懐かしさ」を越え、現代のウェルネス志向に合致した機能性食材として、新たなポジションを確立している。

高橋 健太
Penulis

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。