「要領が悪い」は本当に悪なのか?タイパ至上主義の2026年に見直される「どんくさい人」の意外な生存戦略
どん くさい と は、動作や行動がのろく、気が利かない様子を指す言葉として長年使われてきた。しかし、タイパ(タイムパフォーマンス)の極限状態にある現代社会において、この言葉の持つ意味が少しずつ変わり始めている。
SNSのタイムラインを高速でスクロールする日々に疲れた人々が、あえて「スローペース」を選択する中で、かつて蔑称のように扱われたどん くさい と はどういう状態なのか、その本質的な価値を再定義する動きが心理学の分野で活発化している。
効率化の限界が生んだ「あえて立ち止まる」人々の心理
すべてがワンクリックで完結し、AIが瞬時に答えを出す時代。私たちは常に「早く、効率的に」動くことを求められている。だが、その過剰なスピード感についていけない、あるいはついていこうとしない人々が注目されている。彼らは単に遅れているのではない。情報過多の社会に対する、無意識の防衛反応なのかもしれない。
「どんくささ」の裏に隠された高い共感力と丁寧さ
動作が遅い、あるいは要領が悪いとされる人々を観察すると、ある共通点が見えてくる。それは「目の前のことに過剰なまでに集中している」ということだ。他人の感情の機微に敏感であったり、一つの作業を完璧に仕上げようとするあまり、全体のスピードが落ちてしまう。これは短所ではなく、むしろ丁寧さや高い共感性の裏返しと言える。