菅田将暉が今だから語る「大阪・池田高校」での青い春――アメフト部、中退の決断、そしてトップランナーへ
菅田 将 暉 高校時代は、彼の華やかなキャリアの原点であり、同時に人生最大の分岐点でもあった。大阪府立池田高校という地元でも有数の進学校に通いながら、突如として舞い込んだ芸能界への切符。部活動のアメフトに汗を流し、友人と他愛のない話で笑い合っていた普通の男子高校生が、なぜ道半ばで東京へと旅立つ決断を下したのか。2026年現在、実力派俳優として、そして一人の父親として成熟期を迎えた彼が、かつての学び舎を振り返る言葉には、今を生きる若者への強いメッセージが込められている。
多くのファンや地元住民の間で今なお語り継がれるのは、やはり菅田 将 暉 高校中退という大きな決断の裏にあった葛藤だ。偏差値60を超える進学校での安定した未来を捨て、未知なるエンターテインメントの世界へ飛び込むことは、当時の彼にとってどれほど勇気のいることだったろうか。同級生たちが大学受験に向けて受験勉強に励む中、一人だけ別のレールを走り出した彼の背中を、当時の教師や友人たちは複雑な、しかし温かい目で見守っていたという。
進学校・大阪府立池田高校での「アメフト部」時代と素顔
大阪府池田市にある府立池田高校。ここは緑豊かな環境に位置し、文武両道を掲げる伝統校だ。菅田将暉こと菅生大将(すごうたいしょう)は、この学校でアメリカンフットボール部に所属していた。ポジションはクォーターバック。チームの司令塔として、泥だらけになりながらボールを追いかける日々を送っていた。当時の同級生によれば、「とにかく目立つ存在だったが、偉ぶることは一切なく、誰とでも気さくに話す人気者だった」という。
高校時代の彼は、現在のファッショニスタとしての片鱗をすでに覗かせていた。古着に興味を持ち始め、独自のスタイルを模索していたのもこの時期だ。しかし、同時に将来への漠然とした不安も抱えていた。進学校ゆえに、周囲は当然のように大学進学を目指す。そんな日常に、突如として「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」という異分子が紛れ込んだことで、彼の日常は音を立てて変わり始める。
運命を変えた「仮面ライダーW」と中退の決断
2009年、高校2年生の秋。菅田は『仮面ライダーW』のフィリップ役に抜擢される。史上最年少での仮面ライダー主演という快挙は、彼の人生を決定づけた。しかし、それは同時に、大阪での高校生活との決別を意味していた。撮影は東京で行われるため、平日は撮影、週末だけ大阪に戻るという過酷なスケジュールが始まったが、それも長くは続かなかった。
学業との両立が物理的に不可能となり、彼は東京の高校への編入、そして最終的には中退という道を選ぶことになる。進学校の教師陣からは引き留める声もあったという。しかし、彼の決意は固かった。「やるからには、退路を断つ」。この時、彼が下した決断こそが、後の日本アカデミー賞最優秀主演男優賞へと繋がる長い旅路の第一歩だったのだ。