ロック史の頂点に君臨するアイルランド出身の4人組、U2。前作『ヨシュア・トゥリー』で世界的な大成功を収めた彼らが、1988年に世に送り出したアルバム兼ドキュメンタリー映画が『ラトル・アンド・ハム(邦題:魂の叫び)』です。巨大スタジアムを満員にするスーパーバンドとなった彼らが、自らのルーツを飛び越えてアメリカ音楽の源流へと突き進んだ本作は、世界中で1400万枚以上のセールスを記録した一方で、当時の批評家たちから凄まじいバッシングを浴びました。
発売から長い年月が経った現在、本作は「迷走の記録」ではなく、90年代の劇的な大脱皮へとつながる「必然の過渡期」として再評価が進んでいます。アイルランドの若者たちがなぜブルースやゴスペルに憑りつかれ、なぜメディアの反発を招くことになったのか。当時の貴重な証言や音楽的背景を紐解きながら、その全貌と現在も色褪せない名曲の魅力に迫ります。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】- 要点1:世界制覇を遂げたU2がアメリカ音楽のルーツへ挑んだ『魂の叫び』は、熱狂的な大ヒットの一方で批評家からの猛反発を受けた歴史的転換点である。
- 要点2:B.B.キングとの伝説的共演やサン・スタジオ録音から生まれた「デザイア」「オール・アイ・ウォント・イズ・ユー」など、現在も愛される名曲の宝庫である。
- 要点3:当時の酷評とアイデンティティの危機を経験したからこそ、バンドは次作『アクトン・ベイビー』での奇跡的な革新を成し遂げることができた。
【言葉の起源】『ラトル・アンド・ハム』の意味とアメリカへの過剰な愛
アルバムのタイトルとなった「ラトル・アンド・ハム(Rattle and Hum)」の意味は、直訳すると「カタカタと鳴る音(ラトル)」と「低音の唸り・ハミング(ハム)」を指します。このフレーズは、前作『ヨシュア・トゥリー』の収録曲「ブレット・ザ・ブルー・スカイ」の歌詞の一節("In the locust wind comes a rattle and hum")から引用されました。
当時、ダブリン出身の彼らにとってのアメリカは、憧れと恐れが同居する巨大な音の塊であり、うごめくエネルギーそのものでした。ツアーの移動中、車窓から見える荒野や大都市の喧騒、そしてラジオから流れる土着の音楽。ボノ(Vo)は自著や当時の特番インタビューにおいて、「自分たちには伝統的なブルースやソウルの血が流れていない。だからこそ、そのルーツを直接手で触れ、吸収したかった」という生の告白を残しています。
パンク・ロックの衝動から出発したU2が、メンフィスのブルース、ハーレムのゴスペル、ボブ・ディランやビートルズといったアメリカおよび英米ポピュラー音楽の巨頭たちと対峙する旅路。それこそが『ラトル・アンド・ハム』という作品の根底にある動機でした。
【徹底比較】『ヨシュア・トゥリー』と『ラトル・アンド・ハム』の違いとは?
U2のキャリアを語る上で避けて通れないのが、大傑作『ヨシュア・トゥリー』(1987年)と本作『ラトル・アンド・ハム』(1988年)の対比です。前作が内省的かつ神話的なスケール感を持つスタジオ・アルバムだったのに対し、本作は「北米ツアーのライブ音源」と「アメリカ各地で録音されたスタジオ新曲」が混在するハイブリッド構成をとっています。
前作がプロデューサーのブライアン・イーノとダニエル・ラノワによる緻密な音響空間で構築されていたのに対し、本作はジミー・アイオヴィンをプロデューサーに迎え、よりダイレクトで荒削りなバンドサウンドを前面に押し出しています。この急激な舵の切り替えこそが、当時のファンや評論家に大きな衝撃を与えました。