居 庸 関は、北京中心部から北西へ約60キロメートルの軍都山に位置し、古来より「天下第一雄関」と称えられてきた堅牢な要塞だ。鬱蒼とした山々に囲まれた渓谷に屹立するその姿は、訪れる者を一瞬で古代のアジア大陸へとタイムスリップさせる圧巻の存在感を放っている。
八達嶺などの主要観光地が国内外の旅行客で埋め尽くされる中、静寂と歴史の重厚さを肌で感じたい旅行者の間で今、居 庸 関への再評価が急速に高まっている。切り立った山肌に沿って延々と連なる壮大な城壁は、まさに防御の極致とも言える造形美を見せつけている。
混雑を回避する最新穴場ルートと極秘撮影スポット
観光客が集中する主要エントランスを外し、東台楼側の急勾配を登る南側アプローチは、混雑とは無縁の隠れた抜け道だ。朝一番の清涼な空気の中で城楼を見上げる角楼エリアは、人影を排して城壁の稜線をフレームに収められる絶好の撮影スポットとして知られる。
西側の楼閣周辺では、夕刻になると斜光が石畳を黄金色に染め上げる。ツアーバスが立ち去った後の静寂に包まれた時間帯こそ、本来の重厚な姿をファインダーに捉える最高のタイミングだ。
秦始皇帝から明朝の朱元璋へ:天下第一雄関が歩んだ波乱の歴史
この地に要塞が築かれた起源は紀元前、古代中国を統一した秦始皇帝の時代にまで遡る。北方の遊牧民族による侵入を防ぐべく整備が始まった防衛線は、時代を経て幾重にも補強されてきた。
明朝を建国した朱元璋は、首都防衛の要として要塞の再構築を命じた。巨大な城門や雲台をはじめとする複雑な城壁構造は、数多の戦乱を生き延び、世界最大級の建築物である万里の長城の中でも特に密度の高い防御網を形成するに至った。