小野賢章が語るハリー・ポッター秘話!12歳抜擢と声変わり苦闘の10年

小野賢章が語るハリー・ポッター秘話!12歳抜擢と声変わり苦闘の10年

世界的な大ヒットファンタジー映画『ハリー・ポッター』シリーズ。その日本語吹き替え版で、主人公ハリー・ポッターの声を10年間にわたり演じ切ったのが、声優・俳優として第一線で活躍する小野賢章さんです。第1作『賢者の石』が公開された2001年当時、まだ無名に近かった12歳の少年が主役に抜擢されたニュースは、当時のエンタメ界でも大きな話題となりました。

主演のダニエル・ラドクリフと同じく、スクリーンの中で思春期の声変わりや演技の壁に直面しながら成長を遂げた小野さん。2026年となった現在も、世界最大級の体験型施設「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京」への参加や各種関連メディアを通じて、作品の魅力を発信し続けています。本稿では、当時のオーディションの裏話から過酷だった変声期の舞台裏、そして現在のキャリアへとつながる決定的なエピソードを余すところなく振り返ります。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:当時12歳(小学6年生)だった小野賢章さんは、無欲で挑んだオーディションで見事ハリー・ポッター役を射止め、映画史に残る吹き替えデビューを果たした。
  • 要点2:シリーズ中盤では思春期の「声変わり」に直面し、役の降板危機や音響監督との徹底的な発声調整を乗り越えて全8作を完投した。
  • 要点3:『ハリー・ポッター』での10年間の経験が声優・役者としての確固たる土台となり、『黒子のバスケ』などの代表作や現在の多彩な活躍へと結実している。

【運命の出会い】小野賢章は何歳で選ばれた?『賢者の石』オーディションの驚愕秘話

小野賢章さんがハリー・ポッター役に抜擢されたのは、当時12歳(小学6年生)のときでした。劇団ひまわりに所属して子役として活動していた小野さんですが、当時は原作小説の爆発的なブームを詳しく知らず、オーディション会場の異様な熱気に圧倒されたといいます。

会場には全国から選りすぐりの子役たちが集まり、誰もが「絶対に役を勝ち取る」という強い熱気を放っていました。そんな中、小野さんは原作を未読だったこともあり、気負うことなく極めて自然体でマイクに向かいました。この肩の力が抜けたナチュラルな演技と少年らしい透明感のある声質が、原作者のJ.K.ローリング氏をはじめとする本国制作陣の耳に留まり、見事ハリー役の座を射止める決定打となったのです。

合格の知らせを聞いた瞬間について、小野さんは後に「母親が飛び跳ねて喜んでいたのを見て、初めてことの重大さに気づいた」と述懐しています。こうして2001年公開の第1作『ハリー・ポッターと賢者の石』から、小野賢章さんとハリー・ポッターの10年に及ぶ歩みが幕を開けました。

【苦闘の変声期】『アズカバンの囚人』前後で直面した「声変わり」と降板の危機

子役が長期シリーズの吹き替えを担当する際、最大の壁となるのが思春期の声変わり(変声期)です。映画のキャスト陣が成長するスピードと、吹き替えを担当する小野さんの肉体的な変化が完全に一致するとは限らず、制作過程では深刻な苦悩がありました。

特に転換期となったのが、第3作『アズカバンの囚人』から第4作『炎のゴブレット』にかけての時期です。小野さんの声は急速に低音へと変化し、前作までのあどけないハリーの声とのギャップに苦しむことになりました。一時は「声が変わってしまったら役を交代させられるのではないか」という強いプレッシャーを抱えていたと明かしています。

この危機を救ったのが、音響監督や演出スタッフとの徹底的なディスカッションでした。制作陣はキャスト変更を行うのではなく、ダニエル・ラドクリフ本人の成長と小野さんの声変わりを同期させ、「青年の声へと成長していくハリー」をリアルタイムで表現する方針を選択。小野さんも喉に負担をかけずに感情を乗せる発声技術を必死に模索し、この試練を乗り越えたことで、役者として一段高い表現力を身につける契機となりました。

中島 亮太
Penulis

中島 亮太

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。