昭和の「媚び」から令和8年の「戦略」へ——なぜ2026年、私たちは「ぶりっ子」を再評価するのか

昭和の「媚び」から令和8年の「戦略」へ——なぜ2026年、私たちは「ぶりっ子」を再評価するのか

ぶり っ 子 と は、かつて上目遣いや幼い仕草で意図的に可愛らしさを演出し、異性の気を引こうとする者を揶揄・批判する言葉だった。しかし、2026年の現在、その文脈は大きな転換点を迎えている。TikTokやShortsを埋め尽くす「あざと可愛い」クリエイターたち、そしてバーチャル空間でファンを魅了するVTuberの台頭を経て、この振る舞いは「他者に不快感を与えずに魅せるセルフブランディング」として再定義された。都内の若者カルチャーの発信地・渋谷で行った街頭取材でも、「嘘をつくのではなく、見せたい自分を戦略的に見せる技術」と捉える声が圧倒的だ。80年代のアイドルブームから40年以上が経過した今、かつてのバッシング対象は、誰もが日常で活用する現代的なコミュニケーション・スキルへと昇華を遂げている。

実際、社会心理学や行動観察の分野においても、かつてネガティブに扱われたぶり っ 子 と は、対人関係の緊張を緩和し、心理的摩擦を減らす「緩衝材」としての機能が再評価されている。リモートワークと出社が混在する2026年の働き方において、あえて隙を見せる親しみやすい演出やチャーミングな自己開示は、チーム内の心理的安全性を高める要素としても機能する。単なる異性への媚びという狭い定義を超え、ジェンダーや年齢を問わず使える対人表現技法としての役割を担っているのだ。

1. 1980年代の松田聖子からSNS全盛期へ:記号化された「かわいさ」の半世紀

言葉の起源を遡ると、1980年代初頭のアイドルブームに行き着く。歌手の松田聖子が見せた可憐な立ち振る舞いやカメラ目線の仕草を、流行語として「ぶりっ子」と呼んだのが始まりだ。当時は「女が女に嫌われる典型」として苛烈な批判の対象になることも少なくなかった。カタカナ表記が持つどこか嘘くさいニュアンスは、昭和のテレビ文化における象徴的なレッテルのひとつだった。

しかし時代が下り、個人が主役のSNSメディアがインフラとなったことで、状況は激変する。影で計算された「裏の顔」とみなされていた立ち振る舞いが、動画プラットフォームのエフェクト文化やフィルター文化と同期。見られることを前提としたプロフェッショナルな「魅せ方」として認知されるようになった。嫌悪の対象だった振る舞いは、誰もが画面越しに実践するデジタル・リアリティの基本表現へと姿を変えたのだ。

2. Z世代・α世代が肯定する「魅せる自己演出」——嫌悪感から共感へのシフト

2026年現在の若者層、特にZ世代やα世代にとって、「計算された可愛さ」を隠す必要性はどこにもない。むしろ、自分の魅力を最大限に引き出すための努力を怠らない姿勢として、ポジティブに受け止められている。ショート動画で「あざと可愛い仕草のコツ」や「愛される会話テクニック」を解説するコンテンツが数百万再生を叩き出すのも日常の光景だ。

コンテンツプロデューサーの佐藤美咲氏はこう分析する。「昔は『嘘つき』と批判された演出が、今は『魅せるための努力』としてリスペクトされる時代。ユーザー側もそれが演じられたキャラクターだと分かった上で楽しむ『メタ視点』のエンタメとして受容している」。本音と建前を対立させるのではなく、演出された可愛さそのものを一つのパフォーマンスとして楽しむ文化が根付いている。

渡辺 美咲
Penulis

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。