1990年代後半の日本の音楽シーンにおいて、彗星のごとく現れ瞬く間にトップアーティストへと駆け上がった音楽ユニット、Every Little Thing(通称:ELT)。その鮮烈な幕開けを飾ったのが、1996年にリリースされた名曲『Feel My Heart』です。キャッチーなシンセサイザーのイントロ、疾走感あふれるビート、そして圧倒的なハイトーンボイスは、当時のJ-POP界に強烈なインパクトを与えました。
デビューから30年という大きな節目を迎えた現在も、その輝きは色褪せることなく多くのリスナーに愛され続けています。3人組の打ち込みサウンドからスタートし、時代の変化とともにアコースティックやオーガニックなポップスへと進化を遂げたELTの原点には、どのような制作背景やドラマが存在していたのでしょうか。初期のキーマンであった五十嵐充の脱退真相や、持田香織・伊藤一朗の最新の活動状況まで、その歩みを多角的に検証します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】- 要点1:ELTの原点であるデビュー曲『Feel My Heart』は、1996年8月7日にリリースされ、シンセサイザーとロックギター、透明感あふれる高音が融合した90年代J-POPの金字塔。
- 要点2:初期の全楽曲を手掛けた五十嵐充の脱退理由は、極度の制作プレッシャーと作家・プロデュース業への専念であり、円満な音楽的発展を目的とした決断。
- 要点3:デビュー30周年を迎えた2026年現在、持田香織はソロや母としてのライフスタイルを発信し、伊藤一朗はYouTubeやバラエティで活躍するなど、各自の強みを生かして活動を継続。
【1996年の衝撃】ELTのデビュー曲『Feel My Heart』誕生秘話
Every Little Thingの記念すべきデビュー曲『Feel My Heart』が世に放たれたのは、1996年8月7日のことでした。当時、音楽レーベル「エイベックス(avex trax)」は小室哲哉プロデュースのダンスミュージックを中心に一時代を築いていましたが、ELTはその潮流を受け継ぎつつも、よりメロディアスでポップロック色の強い新しいサウンドとして市場に投入されました。
楽曲のプロデュースおよび作詞・作曲・編曲のすべてを手掛けたのは、キーボード担当の五十嵐充です。五十嵐は当時スタジオレコーディングのエンジニアや作家として活動しており、自身が温めていた楽曲のデモテープをエイベックス専務(当時)の松浦勝人氏に提出したことが結成のきっかけとなりました。
ボーカルに抜擢された持田香織は、デビュー当時わずか18歳。子役やアイドルグループでの活動を経て、圧倒的な歌唱力と透明感を兼ね備えた本格派シンガーとして再デビューを果たしました。さらに、五十嵐の旧知の友人であり、ヘヴィメタルやハードロックに精通していたギタリストの伊藤一朗がレコーディングに参加したことで、哀愁を帯びたデジタルビートにエッジの効いたギターリフが絡み合う、唯一無二の「初期ELTサウンド」が完成しました。
『Feel My Heart』は、当時の大人気バラエティ番組『ヴァーナル』のタイアップCMソングに起用されたことを機にスマッシュヒットを記録。オリコン週間チャートで最高24位を記録し、ノンタイアップに近い新人としては異例のロングセールスを叩き出しました。
ファーストアルバム『everlasting』と快進撃を支えた90年代エイベックスサウンド
デビュー曲の成功に続き、ELTは瞬く間にミリオンヒット連発のトップグループへと駆け上がります。2ndシングル『Future World』、そして3rdシングルとなった『Dear My Friend』は「スリムビューティハウス」のCMタイアップ曲として大量オンエアされ、オリコンチャート初登場6位を獲得。持田香織の力強くも澄み切った歌声と等身大の歌詞は、同世代の女性を中心に熱狂的な支持を集めました。
そして1997年4月にリリースされたELTのファーストアルバム『everlasting』は、オリコン週間アルバムチャートで初登場1位を獲得。最終的に売上約200万枚(ダブルミリオン)という驚異的なメガヒットを記録します。
当時のエイベックスサウンドの特徴である、哀愁を帯びたマイナーコード進行のユーロビート調メロディと、デジタルシンセサイザーの緻密なプログラミング、そこに乗る生々しいロックギターのソロ。この黄金比を確立した『everlasting』は、90年代J-POPの記念碑的作品として今なお語り継がれています。