ホラー映画の金字塔『13日の金曜日』シリーズにおいて、無言で迫り来る殺人鬼ジェイソン・ボーヒーズ。白塗りのホッケーマスクに巨大なナタを構えるそのビジュアルは、映画の枠を超えて世界的なポップカルチャーのアイコンとして定着しています。しかし、映画ファンなら誰もが知る通り、彼が最初からあの有名なマスクを被っていたわけではありません。
記念すべき第1作の公開から長い年月を経た今なお、多くのホラーファンを惹きつけるジェイソンのホッケーマスク。一体なぜ、いつからあのマスクを着用するようになったのか。映画の設定上の動機から撮影現場で起きた偶然の裏話、さらには作品ごとに異なるデザインの変遷や自作コスプレの再現テクニックまで、徹底取材をもとにその全貌を解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】- 要点1:ジェイソンがホッケーマスクを着用したのは第3作『13日の金曜日 PART3』からであり、第2作では1つ目の麻袋を被っていた。
- 要点2:マスク誕生のきっかけは現場スタッフの偶然の私物であり、作中では悪ふざけ好きの青年から奪い取ったことが着用の理由。
- 要点3:額の斧傷やダメージの度合いなど作品ごとにデザインが大きく異なり、公式レプリカや自作コスプレでも年代別の作り分けが人気を博している。
【衝撃の事実】最初は麻袋だった?ジェイソンがマスクを着けたのはいつからか
「ジェイソンといえばホッケーマスク」というイメージはあまりにも強烈ですが、ジェイソンがマスクを着用したのはいつからなのかという疑問に対する答えは、映画史における意外な事実を物語っています。実は、1980年に公開された記念すべき第1作『13日の金曜日』で殺戮を繰り返していたのはジェイソン本人ではなく、息子の死に狂乱した実母パメラ・ボーヒーズでした。この第1作において、少年時代のジェイソンは湖から突如現れる幻影としてのみ姿を見せています。
成人した殺人鬼としてジェイソンが本格的に凶行を開始したのは、翌1981年の続編『13日の金曜日 PART2』です。ところが、この時点でもホッケーマスクは登場していません。PART2での彼は、ボロボロのオーバーオールに身を包み、片目部分だけをくり抜いた粗末な麻袋を頭からすっぽりと被っていました。田舎の怪異としてのおどろおどろしさは抜群だったものの、まだ決定的なビジュアルには至っていなかったのです。
世界中の観客を震え上がらせる伝説のホッケーマスクが初めてスクリーンに登場したのは、1982年公開の『13日の金曜日 PART3』(3D映画として制作)。シリーズ3作目にして、ようやく誰もが知るホッケーマスク姿のジェイソンが完成しました。
【誕生の真相】なぜホッケーマスクなのか?作中の理由と撮影現場の裏話
では、ジェイソンはなぜホッケーマスクを被るようになったのか。その背景には、映画作中のストーリー上の理由と、ハリウッドの映画制作現場ならではの偶発的なアクシデントが交差しています。
作中における着用理由は極めて現実的です。クリスタルレイクの別荘に遊びに来ていた若者グループの中に、悪ふざけで周囲を驚かせるのが大好きなシェリーという太った青年がいました。彼が人を脅かす小道具として持ち歩いていたのが、アイスホッケー用(ゴールキーパー用)の白いマスクでした。ジェイソンは納屋でシェリーの喉を切り裂いて殺害した後、自身の異形な素顔を隠すためにその場に残されていたホッケーマスクを手に取り、自らの顔へ装着したのです。
一方、撮影現場における誕生秘話は、スタッフの機転と偶然の産物でした。監督のスティーヴ・マイナーをはじめとする制作チームは、3D効果のライティング調整を行う際、特殊メイクを施す時間を節約するために代用品のマスクを探していました。その時、3Dスーパーバイザーを務めていたマーティン・ジェイ・サドフが大のアイスホッケーファンであり、愛車のトランクに私物のデトロイト・レッドウィングスのゴールキーパーマスクを入れていたのです。
テスト撮影でそのマスクを被せたところ、表情の読めない無機質なプラスチックの質感が、かえって人間離れした恐怖と圧倒的な威圧感を生み出すことが判明。急遽本編のメインビジュアルとして採用される運びとなりました。マスクの額や頬に刻まれた赤いマークは、レッドウィングスのチームロゴやトライアングル状のデカールが原型となっており、映画用のプロップとして赤色の三角形ペイントが施されました。